空白と強迫

uizcatchthebeat2009-06-26



さようなら、MJ。


画像のMixtapeのDLは
期間限定、
お早めに




結局、こんとき
生MJ目視の最後に
なってしまった。


俺のスタンスは
そんとき書いたことと
基本的には変わってない。
即ち、
1980年から1992年までは
その音楽に映像に夢中だった。
87年の横浜スタジアムも大興奮した。
過去曲で知らないものがあったのを反省し
モータウン全般を掘るように努めたのも
その日以降だった。


でも。
93年の小児虐待疑惑裁判でまず冷めた。
世には憎むべき犯罪は多々あるが
意思決定に劣る弱者につけこむタイプのものは
心底許しがたい。
今となっては
情弱だった自分を責めたいわけだけども。


マイケル・ジャクソン裁判 あなたは彼を裁けますか? (P‐Vine BOOKS)

マイケル・ジャクソン裁判 あなたは彼を裁けますか? (P‐Vine BOOKS)



94年、"HIStory"のプロモーション映像

は、今見ると笑ってしまう要素もあるが
当時は
なにこれこわい
としか思えなかった。
もはや俗世を越えたというか、
並外れて優れたエンターテイナー、である以上の、
モンスター化してしまったように見えた。
それは大衆の無限に膨れ上がる"I Love You!"の期待に
真面目に応えた帰結なのかもだけど。


超スターであることの苦悩を思わせる歌詞が多くなると
マイコーかわいそうだとは思うけど
俺の日常とは関係ないよお・・
それに金は払えないよ・・
とかね。


慈善活動の数々は素晴らしいと思うけど
大仰なバラード路線は好きじゃなかった。
R.Kelly大好きだけど自身の大仰曲も好きじゃないから
毎回がっかりな感じ。




世間がマイコーに熱狂するほど
こいつホントは変人ですよとマスコミが貶める。
で、マイコーも極度にナイーヴだから
それで揺らいでしまう。
この業深きループ。




一時の異常な熱狂と反動が落ち着いて
「普通のR&B新譜」として聞くことが出来た
2001年"Invincible"は
当時の現行サウンドにも
自然な歩み寄りを見せていて
思えば"Dangerous"に継いで長く聞けている。
("Off The Wall"、"Thriller"、"Bad"は
当時死ぬほど聞き過ぎて
曲単位では聞くけど
アルバムとしてリピートしなくなってしまった)


Chris Brownが往年のマイコーを踏襲したり
Ne-YoやWill.i.amが曲書いたりしてるという流れは
望ましく
アルバム出せればいいなあ、と思ってた。
Thriller25周年盤が本格的な再録じゃなかったのには
がっかりしてた。




TVではLAやNYで嘆き悲しむファンの映像が。
アフリカン・アメリカンにとって
Michaelの存在はさらに特別だと思う。
そして極東のR&B/Hip Hopファンにとっても
その恩恵は計り知れない。


清志郎のときにも書いたことだけど
マイコー個人について
日本ではその激動の変遷も含め
40年間同じテンションで支持し続けたファンは
いったいどのくらいいるというのだろう。
"Bad"以降聞いてないような連中が圧倒的に多いんじゃないか。
あとは顔の変遷や奇行を苦笑したり
例のABCのインタビューを見た程度だろう。
「"Thriller"は何度も見たねえ」て、
音楽に興味があろうがなかろうが
83年には世界中の人が見た、つーの。
俺が知る限り
近年のファンは
例のポジプロ40万パーティや
VMAJで俺らを押しのけて泣き叫んでたような人々に
代表されるような
ちょっと宗教がかった
怖い人たち、のイメージが強い。


晩節を汚した、のは一体誰か。
孤立するしかなかった本人か
追い詰めた気まぐれな大衆か
正義面しながら下衆なマスコミか
儲け主義のレーベルか。
ロンドン公演や
ニューアルバム発売が実現していれば
そのキャリアは綺麗に治まったのかもしれないが
それももう叶わない。
過去の熱狂の淡い思い出と
なんともいえぬ苦さの混ざったキモチ。
今夜は
こんな未来が待ってるとは思わずに
ただただかっけええええええ、と思って聞きまくった
"Off The Wall"を
聞こうと思います。