歴史的資料、歴史を超えるの巻

uizcatchthebeat2010-03-21



twitter早漏が故に
3ヶ月放置。
まあ世のブロガー(えっ)の
多くが
そんなもんでしょが
お題が出来たので
ちょいと更新。
ブラスト公論」増補新装版
発売されましたよっと。



元版発売時には教科書とまで言い切った私ですので
迷わず購入。
どぐされ文具野郎によるタイプ分けB
「どうせ表紙変えただけなんでしょ?」→「違います」のとおり
オリジナルを全て収録(若干の校正のみ、敢えての追記はなし)した上に
「同窓会2010」11p+「3枚のカード最新報告」2p(ここまでカラー)、
特別付録「ブラスト公論のできるまで」2.5p
+「公論メンバーのファッションチェック(仮)」(失敗公論)0.5p追加。
クルー紹介、奥付のコメントも更新。
オビの推薦文が5人(シンコ、ダースレイダー荏開津広細田守白川貴善)から
細田氏だけになっちゃったのは少しサミシイものの
これでお値段据え置き1500円、
オクや尼のコレクターズ値段に手を出してしまった方にはお気の毒というしかない。
オリジナルを楽しめた人は上記理由で損なし、
初めて読む方には問答無用でオススメです、と。


オリジナルから4年経ってのクルー自身の変化は
本編に描かれてるとおり(郷原!)として
読者層の変化はどうだろう。
おそらく一番大きいのは掲載誌であったBLASTの休刊
(連載はその前、04年に終了済み)及び
タマフルの開始と成功。
BLAST買うと毎月最初に読んでた、という人は周りにもたくさんいたが
Hip Hop専門誌の中ゆえのほつれ、
毎月続いてるが故のゆるゆると持続するグルーヴ感、は
本誌が存在しなくなったことで
記憶的にもだいぶ共有されにくくなっているのでは、と。
但しコレは初見の方でも順に読み進めていけば
自然とクルーに巻き込まれると思われ心配は不要か。
その意味では時系列順に
(p.26第1回アウトテイク→p.121
→p.20同窓会2006前編→p.122後編→p.3同窓会2010)と
読み進めるのが望ましいのでは
(大きなお世話・・・でも、そのぶん2010がより衝撃的なハズ!)。


タマフルの影響としては
宇多丸&古川のベシャリ、ノリが
脳内再生されやすくなってることが挙げられるかと。
熱心なリスナーならR&B馬鹿リリックでの高橋ヨシ氏のベシャリも。
宇多さん以外は声すら分からず正体もイマイチ不明で
文字ヅラでキャラが明らかになるから面白い、
という感覚は殺がれるかもだが
まあ面白さの本質にはあまり無関係かな。
個人的にはそれ以外の声でいうと
「bordermadeで接客を受けてたけど
たぶん笑顔の裏でイヒヒイヒヒ思ってやがったんだろっ!」
ていう憤懣もあるがそれはそれで良い思い出です(片笑顔)。


さて、古参読者ならではのめんどくさい検証しときます。
連載で掲載されながら単行本未収録となったのはp.16にあるとおり計7回。
連載前の2000年4月号には古きゃんによる連載意図が1p載ってる。
「1、2回目は真面目な話をしてるのでボツ」(p.29)とあるが
確かに1回目2000年5月号は公論とは何か(「考えろよ!」)、
2000年6月号は「メディア問題物件」で、
連載の立ち居地を表明しながらの助走感が強く
その後に発せられるボンクラ濃度が低め、カットは適切な判断かと。
2000年11月号はグラフティ
(エアロゾールアートの呼称を主張してた
STAK&NUMATA氏、お元気ですか)と
ヴァンダリズム話で
当時から内容に物議を醸したと記憶してるし、
10年を経てそのまま掲載するには確かに不向きかと。
2001年11月号は911直後にテロやアメリカ的グローバリズムについての話、
これも即時性ゆえの表現とも言えるし、
その後の世界動静抜きで今読ませるのは・・・
という意味でカットなのでしょう。
2003年12月号は「公論ギャングがお届けする推薦図書5冊」で
現在のタマフル特集の雛形とも言える内容、ではあります。
まあシンコーが出す本の中で他出版社の本を推薦とかの
狂った話もないだろうしね、ということか。
2004年8月号は瀬戸内寂聴の人生相談本をネタに、
クルーが相談に挑んでスキル試し&答え合わせという企画。
コレも上記同様か。
そして早速の新装版初版の誤植を指摘するよ。
公論の最終回であり未収録「Ultimate Love Songの巻」は
2004年11月号ではなく10月号


(2010年5月追記:
第二版で修正済み。
古川氏からtwitter上で直接謝意を頂戴しました。
しかしtwitterで即座にやり取りとか・・・時代だねぇ。
というわけで、初版はレアwなのでdigって下さい。
で、書店の平積みが減らないのがちょっと寂しいので
未だ買ってない人は買いなよ、間違いないんだから)


11月号には「公論R連載終了のお知らせ」が掲載。
「Ultimate〜の巻」掲載の前頁に
当時の平沢郁子編集長による
「日本の現ヒップホップ・シーンに<ビーフ>は成立するか」なる一文が掲載され
クルーは次号も再反論の形でこの話題を続ける予定が
編集側よりそれを断られるという事態になり
結果これ以上の連載は互いにとって難しいということで
尻切れ的に連載が終わるわけです。


当時もこの件に関しては議論を呼んだものの
それでもHip Hopの論壇だとか、
送り手と受け手が同等のカンファレンスの場なんて(今でも)無いし
まあ我々はこの稀代のオモシロへの喪失感に苛まれるのみ。
TwitterやUSTのある今ならどうだろう、不買運動とか起きたりするのかな。
後のソースジャパンとSEEDAの一件を考えれば
資本メディアが抱える問題て本質的に変わらないのかも知れないけど。


おっと話がぶれた。
ともかくこのスタイルのオモシロは他で出合った事が無い。
多くの人の目に触れることになるのはファンとして嬉しい限り。
ただ、4年前も書いたようにココで展開されてる価値観やノリが
世の中に蔓延するのが果たして良きことなのか、と考えると・・・




さて、どうだろう。